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動画を研究するブログ 動画アカデミー

2016.11.05

合理化・効率化は非合理・非効率なことを享受するためにある

世の中の多くの製品・サービスが、効率化(コスト削減、時間削減)を魅力として訴えている。

広告においてもCPA (Cost Per Acquisition), CPC (Cost Per Click)とコスト効率ばかりが重視されていると感じざる得ない。

 

しかし、効率化自体は目的ではないと断言する。効率化とは言い換えると、余分なお金・時間を捻出することである。効率化はプロセスであり、その浮いたお金や時間を何に使うのか?これが目的である。

何もしたいことがなければお金や時間を捻出する必要がないので、効率化したところで何の意味もないのである。

 

結論としては掲題の通り、浮いたお金・時間は非効率・非合理なことを楽しむために使うものだと思う。真面目に効率・コスパ・費用対効果ばかりを追求する考え方が非常に強くなっている世の中に疑問を呈したい。

 

効率化の正義の危うさ

 

なぜ効率化がこれ程までに絶対的な正義として成り立っているのだろうか?
主たる理由は効率性というのは定量的で全体合意を得やすい考えだからだ。論理的に正しく、白黒はっきりしているので、人を説得する上で何よりも楽な手段なのである。

 

企業の強みを考えるQCD:  Quality(質)、Cost(金額)、Delivery(早さ)の中で、Qだけが定量的ではない。一方でCとDは数値化できるのでやった分だけ評価がしやすいので積極的に取り組まれやすい。

誤解を恐れずに言うと、CとDの追求は難易度が低い。

Costは原価を下げることなので人件費を削ればできる。Deliveryも休まず、無理をすれば早く納品することができる。

効率化=CとDで勝負しようとしすぎているため、世の中の閉塞感や疲弊感が強いように思う。

 

ニヒリズムの危険性

 

効率性・合理性を追求した先に目指すものがなければ何の意味もなさない。効率性・合理性を極めた先にはニヒリズムが待っている。

結婚や子どもを効率・コスパで考えるという話をよく耳にするが、そもそも結婚も子どもも冷静に効率で判断するようなものではないし、そこを効率だけ判断するようであればもはや人類は人間性を失ったも同然ではないだろうか。

損得勘定だけで物事が決められるのであれば、究極的には人間が生きていること自体、生態系にとって効率が悪いという結論に辿り着いてしまうだろう。

 

文化=非効率

 

現代にまだ残っている歴史的建造物を思い浮かべてほしい。ピラミッド、万里の長城、奈良の大仏、どこに合理性があるだろうか。建立の背景をしれば知るほど無駄の塊としか思えない。

また、人類が昔から変わらずに楽しんでいるものと言えば、恋愛、音楽、踊り、祭り、芸術、これらも効率性・合理性とはかけ離れている。

結局のところ、人が楽しいと感じることは非効率・非合理なのである。そこに理由はいらない。理由があったところでどうせ後付けになる。

 

メキシコの漁師とMBAコンサル

 

メキシコの漁師の仕事を見て、MBAコンサルがもっと効率的に〇〇をして、事業を拡大した方が良いとアドバイスを送る物語です。元々の著者は不明ですが、ネット上では有名な話なのでご存知の方もいるかもしれません。

http://copywriterseyes.hatenablog.jp/entry/2014/05/03/010343

 

 

結論としては、MBAコンサルは効率化・合理化することが絶対的に正しいと信じているが、そんなことしなくとも漁師は人生を享受しているという話である。

世の中全員がメキシコの漁師のようになればいいとは思いませんが、効率性を追求しているMBAコンサルは何か大事なことを見失っていることに気づかされる物語です。

何か気づきを得ていただければ幸いです。

 

 

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